この秋、『Artist in Residence KOBE』がプロデュースする初のリサーチプロジェクトとして、神戸・北野エリア一帯を舞台にした現代アートの “まちなか展覧会” 「北野光遊浴 KITANO Optical Wave Bathing」が、11月4日から26日にかけて行われます。
「現代アート」と聞くと、なんとなくとっつきにくい印象を抱いてしまう方も多いのではないでしょうか?
そこで今回は、作品の制作・展示を行う北野に新たに拠点を持った現代美術家・久保田沙耶さんと、プロジェクトのキュレーターを務める森山未來さんに集まっていただき、二人が思う現代アートの存在意義や展覧会の構成・楽しみ方についてお話してもらいました!
アートに明確な答えはなく、現代アートは “今の時代” を生きているアーティストからの「なんでだろう?」「今ってこうじゃない?」という問いかけ
森山未來(以下:森)沙耶ちゃんは自分の肩書きを “現代美術家” にしていることが多いけど、アーティストとか現代アーティストじゃないのはどうして?
久保田沙耶(以下:沙)私にとって肩書きは何でもいいのですが、プレーンにアーティストっていうと、音楽家の人をイメージする方も多いと思うので、美術家を名乗ることが多いです。あと「現代美術やってます」と言えば、素材や表現方法に関係なく色々と作っていい気持ちになってありがたいですね。
森:確かに普段アートに触れていない人は、アートと芸術という言葉にそれぞれ違ったイメージを持っているかもしれないね。まずは沙耶ちゃんが思う「アートとはなにか」ということを端的に説明してもらってもいい?
沙:私が端的に説明するのが苦手なのはご存知でしょう(笑)。多分、私たちアーティストに許されているのは、定められた時間の中で足を止める暇がないであろう社会人の中で、子どもの頃に気になる石ころが落ちていた時に、足を止めて「なんだろう」って触ってみたりすることができた、そういう時間を大人になっても持たせてもらっているのが、アーティストの特権だと思っています。
沙:好きなアーティストの友達と話していても、いつも無邪気で “童心” のままでいるというか。子どもの頃、両親に「これなんで?」と問い続けていた時期と気持ちは一緒で、「なんでだろう」とずっと言い続けていい大人という認識です。だから、アートには何か明確な答えがあるわけではないと思っています。
私自身、表現したいことがすごくあるというわけでもなく、作品を通じて私が “すごく気になったこと” について一緒に考えてもらうとか、その違和感を各々わからないままに持って帰ってもらって、いつかその人の私生活の中でその違和感をより身近に感じて「あっ!」と思うときが来る、だとか、ちょっと時間の尺度が長いものだと思っているんですよね。
「現代美術はよくわからない」と思っている人は多いかもしれませんが、それは今すぐに役立つものでなく、未来に役立つかもしれないからであって、今わかりにくいのは当然のことで、自分でも自分の作品がわからないことは多いです。
森:僕が思っていることも似ていて、「デザインは問題を解決する、アートは問題を発見する」とよく言われるんですが、例えば、日本で『ゴッホ展』や『フェルメール展』が行われると、わかりやすくたくさんの人が集まるじゃないですか。
その理由として、展示された作品が美しい、素晴らしいといったように、作品自体が評価されているから、というのももちろんあるのでしょうが、そもそもゴッホがなぜ評価されたのかとか、フェルメールがどうしてあの時代に評価されたのかを考えると、ただ絵が上手いからなだけではない。
あの時代にセザンヌがああいう描き方をしたとか、それに呼応してピカソが何かをやったっていう、当時の時代の潮流に対して “今” というものを打ち出して、今までの美術だったりとか、世間が思う世界に対して異なる提案をどんどんしたからで、それこそが重要なポイントなんです。
現代のアーティストがやっていることもそれと同じで、今の時代に、今の人たちに向けて、社会と関わりながら、「今ってこうなんじゃないの」と提案しているんです。今に一番コミットしている人たちの “生” から立ち上がる世界感の提示が現代アートであり、現代アーティストあるいは現代美術家になるんだと思います。
作品そのものの美しさも大事なポイントではあるんですけど、それ以上に “今を生きている作家” が世間一般に良い・悪いとされている視点ではない切り口で、こんな世界もあるんじゃないか、これを美しいと思ってもいいんじゃないか、ここに問題があるんじゃないかと、それを作品として提示していることが大切ではないかと思います。
久保田沙耶の “視点” を借りて街を巡る『北野光遊浴』を通じて、今まで知らなかった神戸・北野の面白さに触れてほしい
沙:“問い” だとか “なぜ?” と思うことは、アーティストに限らず、誰もがみんな心の中に持っていて、それを表に出すことは本来すごく自然なことだと私は思っていて。
今回のプロジェクトのテーマを『光遊浴(こうゆうよく)』= “光の遊ぶ浴場” と定めた理由は、訪れた人たちが同じ視点で、同じ北野という地域を見るときに、例えば私が魅了されて、拠点を持とうと決めるくらい大好きになったこの街の欠片たちから、ちょっとずつ作り出した作品のようなものを見てもらい、それに対して完成した答えを出すのではなく、私の視座をちょっと借りたいところは借りて、借りたくないと思ったものは借りないで、自由に自分で街をもう一度見てみた時に、少し違った世界に見えてくるような体験をしてほしいからです。
作品を見てどう思ったか、何かを得る必要があるとか、そんな “体験を評価しなきゃいけない” なんてことは考えずに、サウナでととのうとか、日光浴をしたりするのと同じように、自分のことを癒すような気持ちで訪れていただきたいです。
森:今回のプロジェクトでは、沙耶ちゃんが北野の街と出会ったことで得た色々な視点が作品として展開されていて、来場者は美術館のように限定された空間だけで鑑賞するのではなく、北野の街に点在する様々な店舗や商店、アートギャラリーなどを巡りながら、沙耶ちゃんによるリサーチの足跡を辿っていくことになります。
北野あるいは神戸に住む人たちも、久保田沙耶という人が持つ視点に触れることによって「神戸ってこういう場所なんだ」「北野にはこういう面白さがあるんだ」とか、生きていくポイントとして「こういう視点があるんだ」などの発見を得てもらえたら嬉しいですね。
森:そんな『北野光遊浴』は、大きく分けて四つのエリアで構成されていて、メイン会場の『ローズガーデン』では、沙耶ちゃんがこれまでに神戸・北野でリサーチをしてきたことの “ひとつの通過点” として、今現在の沙耶ちゃんがリサーチした結果を作品にしたらこうなりますというような、あるまとまった提案の場として展開しています。
森:二つ目は『まちなか』で、沙耶ちゃんが出会ってきた北野の真珠屋さんや昆虫館、喫茶店など色々な場所があるんですけど、そこでのやり取りの中で生まれた作品がそれぞれの場所に展示されています。
森:展示されている作品を見にいくというスタンスで訪れるのはもちろん、素敵な店長さんがいたり、昆虫の標本がズラリと並んでいるとか、「北野にはこんなところもありますよ」という沙耶ちゃんがお届けする「北野裏マップ」として楽しんでもらうのも良いと思います。
森:三つ目は、神戸でも老舗のアートギャラリーである『Gallery Shimada』での展示。北野ハンター坂にあり、ぜひ展示をさせてほしいとお願いしてやらせていただくことになりました。
ここでは過去作を含めた、沙耶ちゃんの “自己紹介展” みたいなものを展開しており、来場者に作品を楽しんでもらうことはもちろん、「久保田沙耶です。宜しくお願いします!」みたいな感じで、初めて沙耶ちゃんの作品に触れる地元のコレクターさんとの出会いの場になってもらえたらいいなと思っています。
森:四つ目は、北野坂の途中にある『RIN’S GALLERY』でも、これまた別の趣というか、個別のコンセプトで成り立った「キタノ?コレデ堂」という作品が展開されています。
沙:そうですね。「これでどう?」というオヤジギャグからきている作品です(笑)。『明倫 AIR』というプロジェクトでたびたび鳥取県倉吉を訪れるのですが、リサーチ中に長谷川富三郎さんという版画家の方が言い値で絵を売っていたことがあるというエピソードを聞いて、私もそんな心通った作品売買をしてみたいと思って開いていたお店なのですが、今回ぜひ北野でもやってみたいと思いました。
沙:お店の仕組みとしては、ディスプレイに並べられた小さな作品たちを見てもらい、気になる作品の番号を伝えていただいて、その作品の値段をお客さんに決めていただき、袋の中にその人の言い値(1円からOK)を入れて封してもらって、言い値がわからない状態で作品と交換します。倉吉では「勧進」と呼んでいました。
お店の体裁でアーティストが制作している現場を見てもらう、“アートを買いたい人” が最初にアートを買う体験を踏みだす一歩であってほしい、という気持ちで運営していたのですが、それ以外にも、「モノの価値とはなんだろう」と考えたときに、一番わかりにくいであろうアートというものに対して、自分がいくら払えるか、いくら払うべきかという葛藤を見させていただいたり、一緒に悩んだりするのも、とても貴重な経験になりました。
沙:「コレデ堂」には本当に色々な人が訪れてくれて、子どもが200円を握りしめて「これがどうしても欲しい」って言って、交換したこともあったし、ギャラリストさんとかは逆にそれ相応の額を出さねば…!みたいな感じで、ちょうどいい感じにしてくれたり(笑)。
中には、「自分はどうしてもこの作品が欲しいけど、この金額じゃ駄目ですよね」って聞いてくる人もいて、「いや、駄目なことは何もないです」って言ったこともあります。こちらが「出せる範囲でいいですよ」と言っても、ご自身の中で納得できない方って意外と多いんですよ。
ほかにも、作品に対して質問をするときに「描いてる時の体調はどうでしたか?」「医療費どれくらいかかりましたか?」とか、制作にかかった費用以外の部分を聞いてくる人もいました(笑)。“何にたいして、どれくらい払えばいいのかわからない” みたいな状態なのが伝わってきましたね。
森:何かしらの見当をつけたいんだろうね。
沙:そういった指針みたいなものって、暮らしの中で養われるものだと思うので、自分がやっていることにどんな価値があるのか、自分が買おうとしているものにどのくらいの価値があるのかを考えるための媒介にもアートはなり得るんだな、と気がつきました。
森:沙耶ちゃんと今回のプロジェクトをやるにあたって、まず大きな発見だったのは北野の地場産業である真珠でした。
南側から差し込む自然光が六甲山に反射して、その反射してきた北側の光が真珠を選ぶのに最も適していたという、地形を利用した産業として真珠の選別業が活発になっていったんですが、そういうことを神戸の人はほとんど知らないはずですよね。北野に住んでいる人ですら知らない人が多いんじゃないかな。
今回沙耶ちゃんは、自身がリサーチした結果を『北野光遊浴』という形で提案してくれるので、まずは地元の方がより神戸を知るきっかけになれば嬉しいです。
沙:北野に住んでいると、全てのものが目の前にある、いわば “完璧な状態” と思う瞬間が不思議と多くて、それは “幸せ” という感覚にすごく似ていました。私自身、自分の地元のことをよく知らないのですが、北野に関してはよそ者であるからこそ、異なるものが心地いいのかもしれないです。私のこれまでの個人史と北野の街が交わった時に、肩の力を抜けば、全てがあって、とても幸福である状態を作り出せる、それを作るのは自分だということに気づかせてもらいました。
今回のプロジェクトでは、訪れた方にもその気づきのような色々な土地の受け取り方をしてもらいたいので、なるべく気持ちを柔らかくして、「温泉にでも行こう」みたいな気持ちで来ていただけたら嬉しいです。私も、大浴場の番頭さんのような気持ちでお待ちしています。
【profile】
(左)久保田沙耶(くぼた さや)
現代美術家。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを中心に、平面や立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、様々なメディアを駆使しながら制作を続けている。神戸市北野に新たに活動拠点を持つ。
(右)森山未來
俳優・ダンサー。5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。「関係値から立ち上がる身体的表現」を求めて、領域横断的に国内外で活動を展開している。これまでに日本の映画賞を多数受賞。第10回日本ダンスフォーラム賞受賞。2022年度に神戸市経済観光局が主催となって行われたアートイベント「KOBE Re:Public Art Project」ではキュレーターを務めた。ポスト舞踏派。
【イベント概要】
久保田沙耶 個展「北野光遊浴 KITANO Optical Wave Bathing」
会期:2023年11月4日(土)~26日(日)
休廊日:毎週水曜日(※ローズガーデンのみ。その他の施設、店舗はそれぞれの定休日に準ずる)
■メイン会場
ローズガーデン ギャラリースペース
(神戸市中央区山本通2丁目8-15)
11:00~18:00
■サブ会場
ギャラリー島田 / パールクリニック 北野坂本店 / リンズギャラリー / Antique Nanae / COFFEE サンパウロ / 理光パール / 六甲昆虫館 / キスメット
営業時間は施設によって異なります
■入場料
1,000円(パスポート制、ローズガーデンにて購入可能)
★会期中は作品展示のほかに様々なアートプログラムも予定されています。
文:甘佐直人
写真:秀村安奈