『Artist in Residence KOBE(AiRK)』がプロデュースする初のリサーチプロジェクトとして、神戸・北野エリア一帯を舞台にした現代アートの “まちなか展覧会” 「北野光遊浴 KITANO Optical Wave Bathing」が、11月4日から26日にかけて行われています。
今回は、同プロジェクトで作品の制作・展示を行う現代美術家・久保田沙耶さんに、芸術家を志したきっかけや、今年から新たな活動拠点のひとつとなった北野の街の魅力について、プロジェクトのキュレーターを務める森山未來さんとともにお話を伺いました!
関連記事はこちら|現代美術家・久保田沙耶×キュレーター・森山未來が解説!まちなか展覧会『北野光遊浴』の楽しみ方
最初に、久保田さんが “美術家” として生きることを志したきっかけについて教えてください!
久保田沙耶(以下:沙)もともと「考古遺物」が好きで、最初は考古学者になりたかったんです。実家の近くに縄文土器や弥生土器がよく出土する場所があって、小学生の頃は、畑や道の端に捨てられていたそれらを手に取って、触りながら登下校していました。常になにかを握っていないと落ち着かない子どもで、手に取ることで物の質感や光の当たり方などをまじまじと見ていると、なにをしていても安心した記憶があります。
それがある日、博物館に行ったら(展示品が)ガラス越しあって触れない状態だということにすごくびっくりして。「触ってわかることがたくさんあるのに」と思った時に、絵を描くのが好きだったこともあって、いつか “美術の方面から古いものたちに対して何か語りかけることができるようなことがあったらいいな” と思い、両親の反対を押し切って美術大学へ進学しました。
筑波大学では総合造形という学科を専攻し、その後、東京藝術大学の油絵科に入って博士号を取得したのですが、その時にイギリスにある修復の学校に行って、国によって古いものの修復の仕方や扱い方が違うということを学びました。
そこで、古いものだからと短絡的に価値があるとみなすことに疑問を感じながらも、同時に「長い時間の経過した歴史あるものに触れると心が震えるのはなぜだろう」と考えていくうちに、物質文化の中で生きる私たちの心はこれまでどのように発展してきて、これから先どのように変化していくのが良いだろうかと思い始めたんです。
その思いを日常生活の中で無秩序に検証しようとすると、(社会的に)超えてはいけない一線を越えてしまうので、社会的に迷惑をかけない形で、心と物のちょうどよい境界線のようなものを探っていくのに、“アートという箱庭” が私にとってはちょうど良かった。
森山未來(以下:森)確かに(そういう方法で)自分たちは取り止めていると思う。そうでないと逸脱してしまう社会不適合者だよね(笑)。
沙:未來さんは確実にそうですね(笑)。いや、すみません私も(笑)。それってつまり、ずっと子どもでいるようなもので、「その線から出ちゃ駄目ですよ」ということがなぜ駄目なのか実感がわかないものに対して、日常の中で線を越えてみることはできないけれど、作品の中でなら越えてみてもいい。
線からはみ出てから自分の中ではじめて良し悪しを体験的に判断できるようになるというか。自分自身や周囲の大切な人々が怪我をしたり、悲しんだりしない範囲内で様々な領域の可能性を見いだす場所として存在している大事な箱庭がアートだと今は捉えています。
だから美術家として活動させてもらうことで、このような発表する機会を得て、作品をきっかけにたくさんの人々と対話する機会を得ることができるのはとっても嬉しい。
そんな久保田さんが、作品の制作で大切にされていることはなんでしょうか?
森:沙耶ちゃんの作品は、物や人に対する執着がすごいよね。“そこにある物” と自分との関係性にフォーカスしている作品が多い気がする。
どこかで拾った、あるいは発見した物が沙耶ちゃんの作品として提示された時に、“時間性” のようなものを強く感じさせるのも、もともと考古学的な視点への興味から来ているからなのかなと思うけれど。例えばこの作品は、弥生土器だっけ?
沙:そう、弥生土器の欠けた部分を『SWAROVSKI GEMS™』という会社が扱っているマーカサイト、通称「ヴィンテージの石」で埋めています。模造宝石として昔よく使われていた鉱物なんですが、現在はあまり使われていないそうで、「なにかアートの領域でこの石を使うことはできないだろうか」というお話をいただきました。
最初は、石に新しい・古いなんてないはずなのに「ヴィンテージ」と呼ばれている石たちに私たちはなにを見ているんだろうと興味があり、不可思議な存在だと感じていました。その「ヴィンテージ」と呼ばれる石たちで、弥生時代からの歴史を背負った空白の部分を埋め尽くすことによって、私たちの感じている「時間」というものの曖昧さをそのままとどめておくような作品を作りました。
森:この鹿のやつとかもね。「鹿を歯医者に連れて行く」という作品だけど、鹿の骨に銀歯を入れてるんだよね?
沙:そう、そして鹿は保険適用外で、予算オーバーだったのが辛かった(笑)。
森:どういうコンセプトの作品なのか、改めて説明してもらえますか?
沙:過去にニューヨークのファッションウィークというイベントの中で、害獣に指定されたエゾシカの駆除について、ポジティブな視点を見せることをテーマとした展覧会があり、その中でファッションだけでなくアートからもなにか視座が欲しいというクライアントワークでした。
とても心のこもった狩猟をする友人がいたため、彼に鹿の狩猟をお願いし、その鹿を煮て、土の中に埋めて、漂白をして、その後、その鹿の頭蓋骨と1ヶ月くらい一緒に生活を共にしました。一緒に映画館に行ったりドライブをしたりしながら、丁寧に殺してもらった尊厳ある鹿に私はなにをしてあげられるのだろう、と考えていました。そんな時、ふと彼(骨)を見ていたら、歯の奥の部分が緑色になっていることに気づいて。
それは山(の草)を食んでいた時の名残で、“大地の履歴” がそこについてるのだと気がついたんです。その途端、その歯が山に見えてきました。そして「鹿を歯医者に連れていく」ことにしました。鹿が歯科に..というダジャレも込めて(笑)。人間にするように治療してくださいと頼んで、その歯の表面を全部削ってクリーニングを施した後に、パラジウム合金で総銀歯にしてもらいました。当時は3.11もあったので、歯を山に見立てて、表面をクリーニングし、きらめきに希望を込めて封じることで、モニュメンタリーな明るさを導く作品になればいいなと思って作りました。
これに限らず、私は “自分が尊いと思うもの” に対して、あえて壊すとか、上からなにかで塗って見えなくするだとか、そういった行為の中で自分の気持ちがどう変化していくか実験しながら作品を作ることが多くて。どうでもいいと思っているものを母体に作品を作ることはできません。そうすることが、日常の中にある人や物、土地の尊厳について考えることにつながると思っています。
森:その最たるものが、いつも持ち歩いている「聖書」なんだね。
沙:はい。私はクリスチャンで、聖書は大切なものなのですが、その上に色を塗って、上から自分の大事だと思っていることを書き連ねていくようにしています。インプットとアウトプットが聖書の中ではもう混ざってしまっているので、そこで不意に書かれたイメージや絵が作品になっていきます。自分の信じるものをアップデートしていき、それが現実の物質になって(聖書の中)から飛び出していくと、ようやく落ち着いて次のページに進める感覚です。
今で11冊目になるんですけど。(冊数が増えるにつれて)世界へのありとあらゆるものの捉え方、自分なりの信じ方が少しずつ多面的になっていく感覚です。聖書の中の出来事を机上の空論ではなく自分の性格や感覚にまで落とし込みたいものを作品にしたり、時にパフォーマンスで繰り返し読んだりすることで、自分と聖書の間を埋めています。なので作品もバラバラ、様々なジャンルのものに見えてしまったりしますね。
AiRKでの滞在をきっかけに、北野の街に拠点を持つことにしたそうですが、久保田さんが思う「北野の魅力」とはなんでしょうか?
森:沙耶ちゃんと僕たち(AiRK)の最初の出会いは、2022年度に神戸経済観光局が主催した「KOBE Re:Public Art Project」で、僕はそこにキュレーターとして参加していました。
このプロジェクトは招聘したアーティストに、神戸という街に価値を感じる部分や、魅力的に映る部分をそれぞれピックアップしてもらって、そのポイントをつなぎ合わせて、今ある観光地図とは異なる “新しい地図” を提案することが大きなコンセプトで、沙耶ちゃんも招聘アーティストのひとりとして参加してくれました。その時は、ほぼずっとAiRKにいたよね。“ひきこもっていた” と言ってもいいくらい。
沙:「ひきこもリサーチ」をしていました(笑)。
森:ほかのアーティストには「短くても1週間ぐらいは滞在してね」とお願いしていましたが、沙耶ちゃんはトータルで3ヶ月間もいたんですよ。
沙:や、未來さん、ずっとひきこもっていると思われていたようですが、そんなことありませんよ!(笑)。確かに昼までは部屋にいましたが、午後は街の中を歩き回り、いろいろ集めてきたモノや言葉を掛け合わせて、部屋の中で毎日インスタレーションをしていたんです。毎日が変化する展覧会のような感じで、自分のためだけの展示のために、その日の出来事から短いエッセイを写真を添えてなるべく毎日書いていました。締め切りのない制作は一人っ子の一人遊びと似ているかもしれません。だからものがドンドン増えていって、10年くらい住んでるお部屋みたいになってしまいました(汗)。未來さんには「(このプロジェクトで)成果物は求めないから作らなくていいよ」と言われていたのに、「どうしよう、こんなに作っちゃった」という状態になって…。
森:AiRKの家具にも落書きしてね(笑)。
沙:落書きじゃなくて作品です!ちゃんと未來さんにも許可も取って「AiRK海側3F博物館」という風に名前をつけました。私が部屋の中で行ったインスタレーションや執筆、リサーチの書籍やオブジェを詰めて、訪れる色々な人が私から見た北野を感じとってもらえたらいいなと思って。「これ書いてもいいですか?」とお聞きして作ったものなんです(笑)。
森:「引きこもっていただけじゃない」ということだね。
沙:そう、すごく必死に説明してしまいましたね(笑)。引きこもることはとてもクリエイティブなことなんです。
森:今回、AiRKがプロデュースする初のリサーチプロジェクトとして、「北野光遊浴 KITANO Optical Wave Bathing」を11月26日まで開催していますが、本来はリサーチという言葉の通り、アーティストに神戸の街に滞在してもらい、興味の赴くままに街について調査をしてもらいます。それは基本的に作家のためのもので、その作家がこれから新しい作品を制作したい、あるいはもうどこかのプロジェクトが決まっている場合に、そのためのクリエーションの一環として、新しい景色や出会いの中からインスピレーションを得て、新しい表現につなげてもらうことが主目的となります。
ただ、今回のAiRKが主体となって立ち上げる初のプロジェクトとしては、アーティストが神戸の街をリサーチした後、何かしらの提案をしてもらうというある種のゴールまでを設定しています。沙耶ちゃんには、その第1弾のアーティストとして参加してもらいました。
沙耶ちゃんは昨年の「KOBE Re:Public Art Project」で既に北野の街をリサーチされて、この “場所” に住む様々な人との交流も行ってきてます。その流れから引き続きこの企画で招聘させてもらい、さらにそこからどんな風にアップデートできるのかを試してもらいたかったのが、沙耶ちゃんを選ばせてもらった大きな理由です。
プロジェクトのタイトルを『北野光遊浴』にした理由も、北野の持つ土地の特性から発生した自然産業である “真珠” との出会いが彼女にとって大きなポイントになっているからで。北野という “場所” に出会うことで得た、沙耶ちゃんの色々な視点が作品として展開されています。
沙:これまでの「物質」への執着ではなく、空間に対しての執着のようなものを感じたことも初めてでしたし、作品という形にしてみたいと思ったのも今回が初めてかもしれません。私は北野に来てから、なるべく目を使わないようにしようと思っていました。つまり滞在中は自分がなにかを探すことに必死になるのではなく、向こうからやってくるような見過ごせない出来事や物に捕まりたいと思って過ごしてきました。それは、リサーチプロジェクトとして「なにか特別なものを見つけなければいけない」という視点で街や人を見ると、誤解をおそれず言葉にすれば “搾取構造” に近いものに発展してしまうと思っているからです。
例えば、そこにあるコップを見て、「このコップはなにか(作品)になりそう」と思ったとして、作品にするためにこのコップに対してどうアプローチするべきか考えた瞬間から、私とコップはもう対等じゃなくなってしまう。そして一度そうなったら二度と対等には戻れない。それが例えば物ではなく街で出会った人だとしても、「この人は面白い。作品に使えそう」と感じた時に、私はその人のことを作品にする題材、あるいは素材として捉えてしまうかもしれない。
だからこそ作れるものもあるし、それが一概に悪い面だけ持ち合わせているわけではないのですが、私にとってはそうした関係性の築き方に違和感をすこし感じていた時期に、たまたま今回のリサーチプロジェクトに招聘いただいたので、北野の街へ降りていく時は特別なものを発見しようとするのではなく、目に飛び込んできたものから、感情が動いたら、赴くままに動くよう心がけてみたんです。
そんな風に能動的に目を使うことをやめたら、普段だったら目に入らないであろう路地裏の景色がフッと視界に入るようになったり、自分では考えてもみなかった情報が入ってくるようになって。人生においても、みんな特別なものを探そうと目を使うあまり、実は身近にある本当に大切な豊かさを見逃しているかもしれないと、この街が気づかせてくれました。
AiRKに滞在している間に自然と居場所も増えていき、出会った人たちから「これ良かったら作品に使ってください」といただいた物を組み合わせて “作品かどうかもよくわからないもの” がいくつか部屋のインスタレーションに増えていくたびに、私が作っている作品や言葉たちも、北野という場所に自然発生したひとつのささやかな地場産業のようなものに見えてきて、「ここに新たに拠点を持ちたい」と思ったんです。
アートのためにアートを作るのではなく、ごく自然に「これを作りたい」「これを作ってあのお店にあげたい」と思えるようになったことが、自分が美術家を志した頃の原点の無邪気さに帰ってこれたように感じて。なので私は北野を、私にとっての “アートが素直に育つ糠床” のような場所だと捉えています。
沙:今まさに行っている『光遊浴』でも、私の作品を全てまじまじと見る必要は決してなくて。受動的に目を使った時に「これなぜか気になる」と思ったものだけを見たいだけじっくり見て、自分で選んだ解釈でもって街中をその視点で歩いてほしいというか。路地裏に入っていくことも含めて『光遊浴』で、お店や人が作品のように感じる時があるかもしれない。「作品やアートってなに?」と思った時に、「私がどう評価するかは重要なことではない」と、アートというものに対する捉え方を少し「自分のためのもの」として柔らかく捉え直してもらえると嬉しいですね。
展覧会場の中にあるものだけが展示なのではなく、会場から会場へ行く道中、自分の好きな道を選んでいく時に出会ったもの全てが『北野光遊浴』であってほしいです。
関連記事はこちら|現代美術家・久保田沙耶×キュレーター・森山未來が解説!まちなか展覧会『北野光遊浴』の楽しみ方
【profile】
(左)久保田沙耶(くぼた さや)
現代美術家。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを中心に、平面や立体作品、さらには独自の装置を用いたインスタレーションなど、様々なメディアを駆使しながら制作を続けている。神戸市北野に新たに活動拠点を持つ。
(右)森山未來
俳優・ダンサー。5歳から様々なジャンルのダンスを学び、15歳で本格的に舞台デビュー。「関係値から立ち上がる身体的表現」を求めて、領域横断的に国内外で活動を展開している。これまでに日本の映画賞を多数受賞。第10回日本ダンスフォーラム賞受賞。2022年度に神戸市経済観光局が主催となって行われたアートイベント「KOBE Re:Public Art Project」ではキュレーターを務めた。ポスト舞踏派。
【イベント概要】
久保田沙耶 個展「北野光遊浴 KITANO Optical Wave Bathing」
会期:2023年11月4日(土)~26日(日)
休廊日:毎週水曜日(※ローズガーデンのみ。その他の施設、店舗はそれぞれの定休日に準ずる)
■メイン会場
ローズガーデン ギャラリースペース
(神戸市中央区山本通2丁目8-15)
11:00~18:00
■サブ会場
ギャラリー島田 / パールクリニック 北野坂本店 / リンズギャラリー / Antique Nanae / COFFEE サンパウロ / 理光パール / 六甲昆虫館 / キスメット
営業時間は施設によって異なります
■入場料
1,000円(パスポート制、ローズガーデンにて購入可能)
★会期中は作品展示のほかに様々なアートプログラムも予定されています。
文:甘佐直人
写真:秀村安奈