中谷美紀1

『黒蜥蜴(くろとかげ)』中谷美紀さんにインタビュー

江戸川乱歩の長編探偵小説で1961年に三島由紀夫が戯曲化した『黒蜥蜴(くろとかげ)』。「美」に執着する女盗賊・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎が繰り広げる耽美と闇の世界を、世界的な英国演出家、デヴィッド・ルヴォーさんが新たな舞台『黒蜥蜴』として生み出す。主人公・黒蜥蜴は、目を見張るような絶世の美女、かつどこかミステリアスで“この人のことを知りたい”と周囲に思わせる磁力の持ち主。そんな役の要素をすべて兼ね備えた中谷美紀さんが黒蜥蜴を演じる。出演を決めるのは容易ではなかったと話す中谷さんに、出演を決意するまでの経緯や稽古への意気込み、本作の見所やルヴォーさんについての印象を伺った。

言葉巧みに私たちを魔法にかける
どうせなら最後まで騙していただこうと

―出演を決めるまで、とても悩まれたとお聞きしました。
三島由紀夫さんのとても素晴らしい作品ですが、如何せん私が舞台の経験が浅いのでとても悩みました。出演のお話をいただいてまだ決め兼ねていた折に、実際にルヴォーさんに会って話してみてはどうかとアドバイスをいただいて、私も単純にお目にかかってみたかったので、ニューヨークに飛びました。ちょうどルヴォーさんの他の作品が上演されていて、その傍らで朝食をいただきながらお話させていただきました。こちらの不安な気持ちも全て受け止めて、とても大きな懐で導いてくださったので、思わずイエスと言ってしまっていました。少々荷が重すぎたかなと思いつつ、本番までには何とか黒蜥蜴を見出せるように励みたいと思います。ルヴォーさんに限らず、優れた演出家の方は詐欺師のように言葉巧みに私たちを魔法にかけてしまいますよね。今回私も魔法にかかりまして、どうせなら最後まで騙していただこうと思います。

―実際に台本をご覧になっていかがですか?
「新聞記者たちの万年筆は自分から叫びだし、溢れこぼれて白いワイシャツの胸を真っ青に染めてしまう」という具合に詩的であり文学的であり、記憶するのが大変なんです。その様子をイメージしながら覚えているので「世界中のピストルがカラスの群れのように飛び集まって」とあると、地球儀をイメージしてピストルが舞う様子を思い浮かべて…。全てイメージしていくと結構時間がかかるのでまだ4ページくらいしか覚えておりません。本番までに間に合うのかなと…(笑)。計画では1日2ページずつ覚えようと思っていたのですが、なんだかんだ忙しく、言い訳をしながらなかなか覚えられていません(笑)。

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撮影:舞山秀一

―先日、デヴィッド・ルヴォーさんによるワークショップが開催されたそうですが。
3日間ほど開催されたのですが、事あるごとにそれぞれの役者さんの近くにいらして、囁かれるんですね。私は「君はクリエイティブだね」って言われました。きっとルヴォーさんのおっしゃる“クリエイティブ”はすごくレベルが高いはずなので、私はとても達していないことは分かっているのですが、そう言ってくださったことがやっぱり嬉しくて、「クリエイティブになろうと努力します」とお返事しました。ルヴォーさんと役者は騙し騙され、騙されたふりをし、という感じでしょうか。黒蜥蜴と明智の関係ではないですが、演出家と役者もきっと騙し合いなのではないかなと思いますね。

―ワークショップの内容で特に印象的だったことは?
25人の役者が一堂に会した折に、お稽古場で円陣を組み、等間隔に並んだ上で、1人が手を打ち、そのエネルギーとリズムを次の方にリレーしていくエクササイズをしました。手を打つだけではなく「ホッ」とか「ウォッ」などいろんな声を使って、それぞれが一音一音足していくというものです。私は映像で育てていただいた人間で、井上芳雄さんはミュージカル界のプリンスと呼ばれるくらいですから舞台の上で育ってこられた方で、宝塚歌劇団ご出身の朝海ひかるさんもいらっしゃいます。様々なバックグラウンドの方が一堂に会したときに、たったそれだけのエクササイズで空気がひとつにまとまるんですよね。チーム形成という意味ですごく助けられました。ほかには「ジブリッシュ」というこの世に存在しない、でたらめな言語を用いて1人がスピーチをし、ペアを組んだもう1人が通訳として横に立ちます。もちろんパートナーが何を言っているかは分からないのですが、想像で相手が話した言葉に対して通訳をします。相楽樹ちゃんはある役者さんの通訳をするときに「今日はほうれん草の美味しい茹で方を説明したいと思います」って話しはじめて、ほうれん草について詳しく教えてくれました(笑)。やはり人前で何かをするときに最も取り払わなければいけないものが自我であり、虚栄心、恥ずかしさというものだと思います。恥を忍ばず、おかしなことというか少々みっともないことをいい歳をした人間たちが堂々とするというのは、心のいいエクササイズになりました。